「鶏めし」に懸ける熱量

 「鶏めし弁当」を製造・販売する老舗「花善」(大館市)の八木橋秀一社長(48)の講演を聴いた。地域に根付いた伝統を守りながらも、現代の変化に対応する革新的な取り組みが印象に残った。「駅弁屋は思い出を売っている」「懐かしい味と思ってもらえれば勝ち」といった独特の経営哲学も興味を引いた。国内市場の縮小を見据えた冷凍駅弁の輸出など多角的な戦略で事業を進化させており、老舗などの閉店が続く能代山本の経営者にも示唆を与える内容だった。

 能代商工会議所女性会が23日に能代市で開いた新春講演会で、経営者ら約20人が聴講した。駅弁というニッチな業界ながら、普遍的な経営の知見にあふれていた。

 八木橋社長によると、1970年代に全国で約400社あった駅弁屋は鉄道の高速化などで現在約80社まで減少し、県内には花善を含め2社のみとなった。大館駅で昭和50年代に1日1500個売っていた鶏めし弁当は、今では1日3個しか売れなくなったという。

 衰退が顕著な業界だが、八木橋社長は駅弁で地方ならではの食文化を表現し、海外輸出で日本の伝統的な食文化の評価につなげ、外部人材の活用といった柔軟な経営手法を取り入れるなどして、地方の老舗店の生き残りを懸けてきた。

 秘伝のスープで炊き込んだご飯、甘辛く煮た鶏もも肉で県民や鉄道ファンらに親しまれている鶏めし弁当。「昔と変わらぬ味」で現在1日5千個作っているという。八木橋社長は秋田犬、きりたんぽ、比内地鶏、曲げわっぱに続く大館市の文化「5強」になることを目指しており、伝統と革新を両立させて事業展開するバランス感覚に優れた姿勢、地域文化への情熱であふれている。

 講演直後の新年会で女性会長が感極まった様子であいさつした。業界の衰退を直視し、諦めることなく市場開拓や商品開発に挑戦する八木橋社長の「熱量」が伝わったのだろう。創業120年を超す老舗の伝統を守りながら新たな価値を生み出す取り組みは、他の業界の経営者にも参考になるのではないか。

(若狭 基)

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