吹く風の先に─能代山本と風力発電─ 地元にとって①
国内有数の良質な風が吹く能代山本沖では、国や県主導で洋上風力発電事業が推進されている。数万点の部品を使う風車を設置して20~30年稼働する長期に及ぶプロジェクトは、地域で関連産業が育つ効果が期待されているが、今のところ地元への恩恵は限定的だ。行政は産業の誘致、雇用の創出、インフラ整備の促進、地方財源の増加などを当て込むが、地元が追い風を捉えるには課題が山積している。4回続き。
(若狭 基)
波及効果 実感乏しく
市が平成31年3月に策定した次世代エネルギービジョンでは、目指す将来像に、洋上風力などの次世代エネを最大限活用して、地域にその恩恵を十分に還元させるためにエネルギーのまちづくりを推進する、とある。将来像を具体化したまちの姿として「市内には関連する部品等の工場や維持管理を行うメンテナンス事業所が立地し、新たな雇用が創出され経済が活性化している」と明記。次世代エネ導入の基本方針には「新たな産業の創出・育成を通じ、雇用の創出や市民所得向上を図る」ことを掲げている。
ビジョン策定から約6年が経過し、洋上風力の恩恵はどこまで具体化したか。
令和4年12月、能代港で日本初となる洋上風力発電が商用運転を開始した。羽根の最高到達点150㍍の洋上風車20基が立ち並び、港湾区域の景観が大きく変わった。南北の2海域ではさらに大きな風車を建設する計画で、能代市・三種町・男鹿市沖で10年12月に38基、八峰町・能代市沖で11年6月に25基が運転開始する。もう5年もすれば能代山本沖に計83基、原発1基分の発電量に相当する大型風車が林立する。
「能代は洋上風力でトップランナーを走るというが、地域に恩恵が広がっていない。理想と現実のギャップを感じる」。老舗店の相次ぐ破産やチェーン店の撤退など、地域の衰退に危機感を募らせる市内のある経営者は実感を込めて言う。洋上風力事業が地元に根付いているか疑問を投げ掛ける人もいる。背景には大手など外部企業主導による運営、地元の産業基盤や技術の未整備、経済波及効果の低さなどさまざまな要因が挙げられる。
本県沖の洋上風力事業は、資金や技術がある大手や外資企業が中心となって運営し、利益や雇用が地元に還元されにくい。風力発電の設置やメンテナンスには特定の技術が必要だが、地元に専門人材がいないため、発電関連の雇用が生まれにくい。技術力の高い業者は都市部に集中し、必要な人材も外部から調達されることが多い。そもそも洋上風力は発電後に多くの労働力を必要としないため、地元経済への直接的な影響は限定的にならざるを得ない。
秋田市の風力発電関係者は「人口4万7千人規模の能代市で洋上風力の雇用創出が数十人では寂し過ぎる。洋上風力事業を過大評価してはいけない」と言う。
もちろん洋上風力が地域にもたらした果実も少なくない。国から洋上風力の基地港湾に指定された能代港では地耐力強化工事や用地拡張工事など国と県によるインフラ整備が進み、港湾区域には発電事業者の事務所も整備された。同港に国内初の洋上風力発電所ができたことで全国各地から年間1千人以上の視察団が訪れ、宿泊業や飲食業にも波及している。洋上風車に作業員を運ぶ輸送船(CTV)の建造と運営には市内の企業も参画した。2海域の地域共生策もこれから本格化してくるものとみられる。
「厄介者の風を追い風に」をキャッチフレーズに洋上風力で地域おこしを図る能代市。環境産業部の大谷勉部長は「能代港の洋上風力では陸上工事、CTV、メンテナンスなどの仕事が生まれ、市内に60人規模の拠点ができた。三菱商事などの協力でAI(人工知能)を活用した予約制乗り合い交通『まちなかコサクル』の事業を行うことができ、エネオスなどからも地域貢献策を提案されている」と波及効果の広がりを強調する。一方で「市民に恩恵として実感されていない部分もある」ことを認め、「できるだけ多くの市民に恩恵がある取り組みを進めること」を課題に挙げる。
《能代山本の洋上風力発電事業》
【一般海域】
●能代市・三種町・男鹿市沖
・秋田能代・三種・男鹿オフショアウィンド合同
会社(秋田市)=三菱商事、三菱商事洋上風力、シーテックが出資
・着床式風車(1万3千㌔㍗)38基。合計出力49万
4千㌔㍗。風車は米ゼネラル・エレクトリック(GE)社製。令和8年3月の着工、10年12月の運転開始を目指す
●八峰町・能代市沖
・合同会社八峰能代沖洋上風力(能代市)=EN
EOSリニューアブル・エナジー、イベルドローラ・リニューアブルズ・ジャパン、東北電力、秋田銀行が出資
・着床式風車(1万5千㌔㍗)25基。合計出力37万
5千㌔㍗。風車はデンマークのベスタス社製。8年1月の着工、11年6月の運転開始を目指す
【港湾区域】
●能代港
・秋田洋上風力発電(AOW、能代市)=丸紅、東
北電力、秋田銀行、大林組、大森建設など県内外13社が出資
・着床式風車(4200㌔㍗)20基。合計出力8万
4千㌔㍗。風車はベスタス社製。2年2月に着工し、4年12月に運転開始。AOWは秋田港の13基と合わせ計33基を運営している