「号外」発行した夏
全国高校野球選手権秋田大会の決勝が行われた日は、朝から落ち着かなかった。夏の甲子園を懸けた一戦に能代松陽が勝てば「号外」を発行することになっていたからだ。準備したのは通常の新聞紙面と同じ大きさのブランケット判の両面刷り。
全国高校野球選手権秋田大会の決勝が行われた日は、朝から落ち着かなかった。夏の甲子園を懸けた一戦に能代松陽が勝てば「号外」を発行することになっていたからだ。準備したのは通常の新聞紙面と同じ大きさのブランケット判の両面刷り。
新型コロナウイルスの感染状況をにらみながら、対策を講じさまざまなイベントが復活した。本紙では“定番”のようになった「3年ぶり」の見出しとともにその活況ぶりを伝えてきた。弊社主催の400歳野球大会もその一つ。
米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」が今月、一斉に値上げされた。能代市内のスマホ売り場をのぞくと、20万円を軽々と超えるモデルも。そろそろ機種変しようかと色気を持っていたiPhoneユーザーの当方だが、当面の凍結を即決した。
能代山本入りしたある候補者は、白い手袋の両手を前方へ差し延べ、沿道の有権者に駆け寄った。 笑顔の視線は真っすぐに、その両の手はグーに握らず、パーに開いて。ためらいなく「両手で握手」を求める姿は、久しぶりに拝見した気がする。参院選の秋田選挙区は、6人が1議席を争う熱戦の真っ最中だ。
最近、新聞やテレビで頻繁に見聞きする「3年ぶり」。新型コロナウイルスの影響で中止されていた多くのイベントが復活しようとしており、北羽新報でも見出しになることが増えている。新型ウイルス感染者は、全国的に減少傾向。
大館能代空港でカメラを構え、到着する飛行機を待ったのは平成10年7月18日の開港日以来だった。大型連休直前の4月28日、同空港の東京(羽田)便が待望の3往復となり、その第1便を写真に収めた。新たに加わったのは羽田発午後1時5分(大館能代着2時15分)と、折り返しの大館能代発午後2時55分(羽田着4時10分)の1往復。
昭和58年5月26日の正午前。小学3年生だった私は、週末に開催を控えた運動会の予行練習で校庭にいた。練習もほぼ終わり、グラウンドにしゃがんでいた時だった。突然の大きな揺れと「ゴー」という地鳴りのような音が響き、木造校舎の外壁や窓ガラスが今にも壊れそうだった。
これも「ウイズ・コロナ」に至る過程なのだろうか。新型コロナウイルス感染者の発生に関する公の情報開示が「縮小」している。片手間で済ませる作業になっているのか。知らせるまでもない、ありふれたことにしたいのか。耳に入らないよう目に触れないようにしたいのか。腹の中のあまのじゃくがのっそり鎌首をもたげる。
北羽新報の第2社会面に連載の4コマ漫画「アッパレ君」は、きょう30日で終了する。作者のきさぎのぼる氏からは毎週、1週間分の原稿が郵送されて来ていた。それも12日消印の作品で最後となった。
桜前線が北上し、能代市内でも日当たりの良い場所では開花してきた。春の街は市長・市議選の真っ盛りで、各候補者は文字通り「サクラサク」の吉報を目指し、17日の投開票日に向け、支持拡大をと奔走している。